1990年〜

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エンジン開発履歴』 後にSBレース用のE/Gとなるスーパースポーツ車のエンジンを量産する。
ロードレース ”TT−F1”クラスのベース車両となる。
  ロードレース選手権、スズカ8耐で勝つための市販車なので、レーススペックを量産
エンジンに盛り込むことを前提とした。

 
ZXR750Rの販売後にはTTーF1、SBレースで大活躍する
  1992年に塚本昭一ライダーがTTーF1クラスで年間チャンピオンに!
1993年に北川圭一ライダーが同じくTTーF1クラスで年間チャンピオンに!
1993年にスコット・ラッセル、アーロンスライト組がスズカ8耐で優勝している。
ホンダの技術者を小バカにした兼坂弘氏著の ”究極のエンジン”が面白い。
  エンジンを知らない会社の若いエンジン設計者には ”究極のエンジン”を熟読する様に言い伝えたが、どれだけの若者が読んでくれたのか?
開発コード:133
ZXR750Rのエンジン開発


スーパースポーツ車用量産エンジン設計の命を受ける。
 
これまで2st、4stのレース用エンジンの改良設計を行って来たが、4stエンジンを
丸々、一から設計したことは無く、一旦は断ったが自由に設計して良いとのことなので
引き受けた。 ここでも兼坂弘氏著書の ”究極のエンジン”三部作を教科書とした。
  スーパースポーツとしての市販車の開発であるが、SBレースの母体車両になっるのは決まっているので、これまでのロードレースの経験からそれなりのスペックとした。
試作開発コード:133から生まれた量産スーパースポーツ車 ”ZXR750R”。
ロードレース車としての改良項目は、そう多くは無く、吸気ポート形状、燃焼室形状の
地道な改良はセンスあるベンチマンに任せておく。
多くの文献によるとサイレントカムチェーンはローラーカムチェーンよりうるさいと記述されており、車用カムチェーンを調べて見ると、ベルトかローラーチェーンが使用されていた。
スプロケット外径は少し大きくなるが、個人の趣味としてローラーカムチェーンを採用することにした。 カムチェーンテンショナーは自動調整では無く、手動調整としてメカロスを下げた。
カムシャフト軸受けは、これメカロス低減でボールベアリングとした。 これをパテント出願するとS社からも同様のパテントが出願されていたが、出願日はカワサキの方が1日早かった。
クラッチリリースは油圧式として操作荷重を下げた。
クラッチ本体はバックトルクリミッター(B.T.L)付とした。
潤滑オイルの冷却には、水冷オイルクーラーを採用した。
ラジエータは冷却面積の稼げるラウンドタイプとした。
出力アップの目玉となるのがフラットバルブキャブの採用である。スロットルバルブが張り付く不具合はキャブメーカー ケイヒンにより、ニードルBrgを入れることによりほぼ解消された。
1993年 スズカ8耐優勝マシン ”ZXR750R”
ファクトリーマシンとしてパッと見だけでも、Frカーボンディスクブレーキ、上下二段重ねラジエータ、薄肉チタンEXパイプ、マグネシウムクラッチカバー、カーボンサイレンサー。 その他エンジン
内部には量産部品はほとんど使われていない。
伊藤ハムのスポンサーは1年だけだったのに、
8耐の優勝スポーンサーになってしまった。